2021年06月03日

後輩の悲しい末路を振り返って

2014年に小生の機動隊在隊時の後輩である0・M君が不祥事を
起こし辞職いたしました。新聞記事の短い内容しか見ていないの
で実際どのような経緯で辞職したのか知るよしもありません。


しかし、ネットなど確定した内容ではないにしても、その辞職原因
が、女性関係にあったことなどが載せられておりました。
O君は私より3年程後輩にあたり、小生が機動隊に在隊し、中々
後輩が来ず、いつになったら小間使いから解放されるのかと思って
おりました矢先に入隊してきた初めての後輩でありました。


その期は結構人数が多い中、O君は警察学校で優等賞をとった程
の秀才でありました。身長も体格も、小生のような貧弱な体躯では
なく、また容貌も男前で(当時)ありましたから、さぞや女性には
モテたのではないかと推察致しました。


しかし、在隊中には女性の話題など耳にすることはありませんでした。
まあ、(これは小生の主観ですが)酒宴で散々飲まされて後、小生の
部屋へ来て、「先輩、休ませて下さい」などと言って、酒席を抜け出し
よく小生の部屋へ来たものです。


O君の実家はお寺をやっていると聞きましたので、小生も仏教に興味
を抱いていましたから、よく宗教の話をしていたものでした。
彼は頭脳明晰、体力頑健、そして男前ときていますから、皆、羨んで
いた事でございましょう。


ただ、小生が気になったのは、つまらない事なのですが、O君は酒席
で歌を唄わせると、必ずと言っていいほど、例えば、山本リンダさんの
「困っちゃうな!」を唄うのですが、びっくりしたのは、それが下ネタ
替え歌でありました。諸先輩たちは大口を開けて笑っていました。


まあ、野郎ばかりの集団ですから、このようなことは当たり前なのです
が、小生が気なったのは、こんな優秀で真面目そうな男も、こんな下品
な歌を唄うのか? と内心は驚きました。これが他のスケベ先輩が唄う
のあれば、何も気にはしなかったのですが・・・


小生も男ですから、正直、そのような歌を聴いて鼻の下を長くしていた
とは思いますが・・が、しかし気の小さな自分には、とてもこのような
お下品な歌を大衆の面前で唄う勇気はございませんでした。


また、この期は結構優秀な人材が多く、後に大幹部殿になった方が多
いました。小生はただ、この期は内心、能力のない先輩とみると
見下してる傾向があったと感じています。また逆に力の強い先輩に対
しては意外と媚びる、この態度ははっきりしていたと記憶しています。


まあ、世当たり上手といいますか、このあたりから警察官の体質が
変化してきた気がします。そして、この後に偉いスピードでご昇任
されてい訳でございます。


その後に、O君と出会いましたのは、18年後の大規模署のH署でご
ざいました。その時、小生は未だ小間使い、O君は確か刑事課長様
になっていたと記憶しております。顔を合わせはしましたが、
小生の事を覚えていたのかどうか定かではありません。何の声も
かけられず、また、こちも過去に慣れ慣れしく言葉をかけ自尊心
を傷つけてしまった?経緯あるものですから、同期後輩で階級の
高い方には、決してこちらからは、お声を掛けるような、無礼な
振る舞いは厳に慎む習性が身についおりました。


そして小生が在職中に得た既往症のために退職してから初めて
O君が警視正となられ、その後に不祥事が発覚し辞職したこと
知ったのです。


本当に勿体ないことです。優秀な頭脳と立派な体躯に恵まれ、
容貌も人並み以上のものを天から与えられながら、まして、
ノンキャリアにして警視正までも登りつめた方が、何故に
このようなつまらない事で己の人生に汚点を残すことになった
のでしょう。


小生のように警察組織の中で凡人以下の処遇を受け、さらに、
在職中に罹患した既往症のために、職を辞さねばならなかった
小生には理解不能でございます。


しかし、思い起こせばO君と仏教の話をした時、彼の宗派は他力
本願で小生の宗派は自力本願(?)という事で論争したことがあ
ります。他力本願とは承知の通り浄土真宗の親鸞上人の教えです。
これは阿弥陀如来に衆生がすがる事で、この世の苦界から救われ
ようとする考え方です。そして、小生の宗派は日蓮宗であり、

この宗派は法華経を信仰する。唯一の宗派であり、その本旨は、
人間は無明であるから、仏の教えを実践すること、このとき、
釈尊の教えである法(真理、摂理)に従っ人間は生きなけれ
ばならない。そうすれば、彼岸の悟りに到達するとう教えで
ございます



かなり簡略して説明いたしましたが、自力本願はただ他人に頼る
と言う意味はないと思われます。小生の勝手な解釈で申し訳ない
のですが、その他力とは阿弥陀如来(既に悟りに到達した仏)
に疑うことなく純粋信仰に徹することによって救われるという
ことだと思います。


何にせよ、O君はこの教えにより、警視正まで上りつめた訳です。
その果は大であったにせよ、其の過程に問題があったのかも知れ
ません。忠実に、自らの宗派の本旨に従って生きていれば、
このような結果はけられたかもしれません。



しかし、今、どうしておられるのか? この世の成功や失敗などは
宗教的に見れば、「結局人間は永遠の旅の途上にあって、ほんの束の
間を、この地上と言う生活の場で過ごしている無限の霊的存在である」
ということであり、まだ、永遠に先があるということです。
そして、その繰り返しにより魂の向上を図っていく存在、らしいのです。



偉そうなことを書き並べましたが、小生は宗教学者ではございません
ので適当に聞き流して下さい。


まあ、この世での成功イコール魂(霊性の)成功者ではないという
ことだという事です。




※ 今日のメッセージ

  いかに重い罪を犯したからといって、それで大霊から切り離される
   こと 絶対にありません。人間と大霊とを結びつけている絆は切ろ
 うにも切れ ないものであり、したがって罪ゆえに宇宙の孤児となっ
 てしまうこと は ありません。

             -引用:『シルバーバーチは語る』p.17-



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posted by 如月 at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想記