2020年01月12日

階級こそすべて!

在職当時、この組織では常識となっていたことではありますが、
警察においては絶対階級制と申しますか、昨日今日、警察
学校を出たての若輩者までもが、帝国陸軍のように階級制を
重んじ、また地方公務員法に記されているがごとく、上級の者
には絶対服従、と申しますか、盲従と申しますか、カルト宗教
教団にも似た善悪を超越し、その命に従うことが現実の状況で
あったのでございます。


小生ごとき官僚制には最も相応しくなく、また集団生活を最も
苦手とする者が、この組織に身を置くことになったことは、因果
とはいえ、誠に組織においても、また自分自身にとりましても、
本当に不幸な事でございました。


とにかく在職中において、小生と相性の合う上司に巡り逢うと
言うことは天文学的確率において、あり得なかったことは必然
のことで、まるで、その昔、隣国の朝鮮王朝時代の両班と奴婢
との関係のように、いつも悩まされていたのでございます。


小生、労働者階級の次男として生まれ、毎年メーデーの祭典に
は労働者である父親と共に鉢巻を締めてデモ行進に参加した
記憶がございます。社会思想的に言えば、当然ブルジョアジーと
プロレタリアートでは相反する存在でございますから、幼心からも
嫌悪の対象のような存在であったのでしょう。本当に、よくも極左
思想を持つ人間にならなかった事が不思議なくらいです。


まあ、一概にこの階級構成と警察組織を比較対象することには
かなり無理があるとは思われるのですが、小生の心情において
は、その意識は重複して存在していたのでございます。そして
ブルジョアジーとは当然、支配階級の警察幹部殿なのでござい
ます。


社会主義国家では労働者階級から利益を搾取して、肥え太って
いくブルジョアは、小生の眼には警察幹部に投影されるのでござ
います。そして当組織においても、そのような存在と瓜二つの輩
が昔から下層階級である小生等を仕切っていたのであります。


その上、当組織には情けなくも、そのような者に尾を振って媚び
諂うプロレタリアートが沢山いることに気づいた時、それは組織
への失望に変わっていったのです。それまでも階級の低い小生
が、理不尽な仕打ちをした幹部殿に対して反抗したときにでさえ
正面切って小生の行動に同意するものはおらず、逆に幹部殿に
逆らうことこそ大罪のごとく悟される始末ででございました。


幾度となく辞職を決意したこともありました。思い起こすと本当
に不本意な組織でございました。多分、そのような状況は今も
変わらずに存在しているのでございましょう。


低階級の者を人間と思わぬ幹部とその輩が、実際、現実の職
場に存在するのが現実なのです。そして、何かといえば階級を
前面に出し下々を見下し、威圧してくるのでございます。


階級こそが全て、これが階級組織である警察組織の実態なの
でございます。このような悪習が見直される時が、いつかこの
組織にもやってくるのでは、と淡い希望を抱きながらも、三十
余年間努めた訳でございますが、その警察人生の後半おいて、
かの有名な北海道警裏金事件が発生したのでございます。


内容は皆様はすでにご存じでしょうから、省略いたしますが、
やはり、既述した大幹部殿が指揮を執る組織でございましたか
ら、事件発覚当時、小生には何の不思議も感じられなかったの
でございます。


その原因は紛れもなく、小生が述べてきました幹部が持つ特権
意識、組織の上層にありながら、多くの部下を人とも思わない、
機会あれば、その特権を最大限に使い部下を奴隷のごとく扱う
という悪習、部下を大切な組織の一員として認めず、不祥事が
起これば、自己責任として処分する。という情けない対応、


このような幹部を誰が慕うのでしょうか? 誰がこの幹部の為
に現場で命を懸けようと思うのでしょうか?
まずは、警察幹部はその階級が何のために存在するのか、
という事の原点に返り、考えるべきでございましょう!


幹部殿諸兄がもっと組織ではなく、組織を構成している多くの
下層階級の警察官に眼を向けて、独裁者的振る舞いを自制し
ていかなければ・・組織を牽引する幹部のほぼ全てが「階級
こそがすべて」と言う、宗教の題目にも似た、見えない偶像に
のみ敬意を払い、そのことが存在の全てと生き甲斐を感じ、
生きているかぎり、理想の組織など夢のまた夢なのでございま
す。そして、それが己の大いなる快感になってしまうことが問題
なのでございます。


しかし、どのような高い階級に到達しようが、それも組織をやめ
れば、ただの人なのです。人生のほんの一時的な快楽なので
す。そのような哀れな考えに毒されることなく生きていくことこそ
肝要なのではないでしょうか?


今、在職なされている幹部の方々は如何に思われることでござ
いましょう!




  ※ 今日のメッセージ

    善いおこないをすれば、それだけ霊性が増します。
  利己的なおこないをすれば、それだけ霊性が悪化します。
 

     それが自然の摂理であり、これだけはごまかすことがで
   きません。


     神(創造主)の摂理は機械的に機能し、自動的に作用し
     ます。


   すなわち、親切、寛容、同情、奉仕の行為が自動的に、
     それ相応の結果をもたらして霊性を高め、反対に利己主
   義、罪悪、不寛容の精神は自動的に霊性を下げます。


   - 引用文献:近藤千雄 訳編(2016年):ハート出版
         新装版:シルバーバーチ今日の言葉p164~165-

 

posted by 如月 at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想記