2020年02月06日

機動隊のシビアな派遣勤務環境の実態 その1

それは今から40年以上も前のこと、まだ拝命して間もない丁度
道警本部庁舎の爆破事件のあった年の春、小生は道本部機動隊に
異動を命ぜられ在隊しておりました。当時の機動隊は北大の封鎖
解除事案が終わった時期でもあり、未だ学生運動が盛んでござい
ました。そのため、度々市内の大学の左翼学生によるデモが頻繁
に行われ、その都度デモ規制のため出動を命ぜられていたのです。
そして、その後発生する道警・道庁爆破事件から警備は厳戒体制
となり札幌市内の各所に警戒警備の任務に従事させられたのでご
ざいます。


当時の重要防護対象は第一に道警察本部庁舎及び二庁舎、道庁
赤れんが庁舎(旧庁舎)、道議会議事堂、知事公館、さらには
植物園、外国の領事館等の警備に当たっていました。他にも
巡回警備対象として北海道新聞社、当時の拓殖銀行等の金融機関
も警備の対象になっており、各班別に分かれて巡回警備を行って
いたのでございます。


札幌市は日本最北の厳寒の都市でございますから、巡回するにも
冬期間の夜や朝方は歩いていて底冷えのする日々でありました。
その上、現在のようにユニクロのような軽快で温かい防寒服もな
時代、只々厚着をし、使い捨てカイロを携帯して寒さを凌いだ
のでございます。


また司法関係施設の警備にあっては、道庁爆破事件被疑者の護送
任務や裁判所、検察庁合同庁舎の警備にも当たったのでございま
す。逮捕当時、現在東警察署管内にあります拘置所から裁判所に
護送する為に赴いた小生らは、その時の黒山のマスコミの方々が
我々の規制を振り切る勢いでカメラのシャッターを競って撮って
いたのでございました。


さらに警察関係施設の警備にも当たりました。当時の道警察本部
庁舎は旧庁舎で、地下にある当直室で休憩するのでございます
当直室では畳の間の布団に寝ることができるのでございますが、
当直室は一個分隊全員が寝るスペースはなく、大先輩殿に優先さ
れ、残った小生等の新参者は廊下に寝ることを余儀なくされる訳
です。当然布団などなく、狭いスチール製様の簡易ベッドの上に
毛布を1〜2枚敷いて寝るのですが、慣れぬとなかなか熟睡でき
ず、まして若い男ばかりでの雑魚寝、中には廊下中に反響する程
の鼾をかく者もおり、最初は小生も全く熟睡できず、まるで、
洞窟にでも寝ているようでございました。


廊下は元々隣接する道庁に地下通路を隔て繋がっておりました。
しかし、爆弾事件以後、双方の間にシャッターが降ろされて、
行き来ができなくなり、それまでは昼食も安くて旨い道庁の食堂
に行く楽しみがございましたが、それがなくなり落胆致した次第
です。


当時の道警察本部には売店こそあれ、食堂はなく、他官庁であれ
食堂、売店など併設されているのが普通でしたが、警察施設に
そのようなものは存在しませんでした。ただ、小生の記憶では、
札幌の中央警察署だけは小さいながら食堂と売店がございました
しかし、定食等が美味しかったという記憶すらございません。


昔から警察組織の大幹部の方々は地方に限らず組織の重要な
要素ある福利厚生に金を掛けるくらいなら、せっせと裏金
を捻出した方が自らの為になると思っていたのでございま
しょうか? 


まあ、愚直な部下連中に無駄銭を使うなど馬鹿らしい限り
だっのでございましょう・・・


それでも愚直なる小生等は組織のため、道民のため勤務に精励
するのでございました。当時の警備の内容は本庁舎の玄関前の
立番警戒、そして庁舎周辺の巡回警らが主でありました。
これがまた、2時間仮眠の2時間立番、再び2時間巡回などの
繰り返しで、短時間での熟睡などは到底不可能な芸当でござい
ました。


ですから、ある当務で立番ボックスの中で居眠りをしてボックス
のドア面に倒れかけたことがございました。すると在隊時の朝礼
時に隊長がそのことに触れ、道警本部から隊長に直接が連絡があり、


   「隊員達が少し弛んでいるのではないか、」


との苦情が、その当時の道本部の幹部殿から指摘されたという事
でありました。それを聞いて小生も憤慨致しました。ちっ(怒った顔)


指摘為された幹部殿が何方かは存じませんが、幹部殿方も4〜5人
庁舎内部の出入口付近に電気ストーブを脇に置き、温かい場所で
椅子に腰かけ居眠りしている者、新聞・雑誌を読んでいる者など
我々が立番等を終え、庁舎内にいて「ご苦労さん」などと声を掛け
る訳でもなく、ひどい幹部は机に片足を掛けて警戒勤務に当たって
いるのでございますから・・・


このような態度で勤務している幹部殿に言われる筋合いはないと
思った訳でございます。この時からです、小生が警察幹部に嫌悪感
を抱き始めたのは、そして、このような組織の大幹部殿に小生等、
下級制服警察官が期待すべき理想など微塵もないことを・・・ちっ(怒った顔)


それに引き換え小生等は、まだ警戒ボックスが配置されていない頃
から庁舎外で冬の吹雪に晒されながら直立し、立番していたので
ございますよ、まずは組織中枢におわす幹部殿がその模範を示す
べきでは・・・


当時はまだ若い小生、眠気を振り払いながらも勤務に精励している
のに、庁舎内でそのような幹部の姿を間近に見て、こちらこそ指摘
したい心中でございました。また地下から庁舎1階に上がってくれば
階段そばの記者室からは麻雀をして奇声上げているどこぞの記者
連中、まさか後年、これらの方々には裏金事件で散々虐められる
ことになるとは、この時、想像だに致しませんでした。


しかし、ほとんどの幹部殿が組織の中で、このような弛んだ環境に
どっぷりと浴してきたからこそ、後年、華やかに報道の紙面を飾る
道警察裏金事件が発覚したのでごいますから、今思えば、必然の
ことだったのでございましょう。


そしてまた、この警察組織の大幹部殿がご勇退後に警察を告発する
になるとは・・しかし、どうせならこの当時の下層警察官の勤務
環境こそ正して頂きたかったものでございます。


そして、またある時は私服における警戒、警備勤務、たとえば当時
の旧中央警察署の地下にある休憩室でとるのでありますが、これが
また非常に寒く当世のように部屋には、ろくに暖房もなく電気毛布
さえもない休憩室でございました。


それに、なんと申しましても、その布団に入ると寒く、真綿の煎餅
布団なのでございますが非常に冷たく、汗の臭いとも体臭ともいえ
ぬ独特の異臭を放ち、顔にかけることも憚るのでございます。
思いますに、あまり洗濯された形跡がないので不潔感が漂っている
のでございます。


小生、さすがに他人様に誇るほど育ちは良くないのでございますが、
潔癖症のため派遣警備の都度、自前のシーツとタオルケットを持参
して寝ることが習慣となっていました。また、アレルギー体質で
皮膚が弱く、当務明けには身体のあちらこちらに湿疹のようなもの
ができ、痒くて仕方がなかった記憶があるのでございます。


今思い起こして見まするに、あの布団には幾万のダニやシラミさん
が舞い踊っていたことか! それを思う度、今でも身体が痒くなっ
てくるのでございます。さらに小生、機動隊在隊中に、寮の浴場に
おいては、いんきんたむし(股部白癬)などに感染して、除隊後の
数年に渡り皮膚病に悩まされた次第です。


さらに、警備派遣で宿泊しておりました旧中央警察署の厨房の裏
には洗面所があったのでございますが、深夜、仮眠前に歯磨きに赴く
と、厨房から洗面所に子猫のように丸々と太った(大げさではなく)
ネズミさんが毎回顔を出すのには、本当に参ってしまいました。
小生当時、その食堂で時々昼食を摂っていたのですが、そのネズミ
さんを目撃してからと言うもの、その食堂で食事を摂ることは固く
辞退致しました。


あの当時の衛生環境の厨房が保健所様の知るところとなっておりま
したら、多分食堂は閉鎖されていたことでありましょう。しかし、
当時の中央署において食中毒が発生したと言う事実がないと言うこと
は、なんと言いましても、当時勤務していた警察官諸兄の免疫力の
強さには、ほとほと敬服? 致すのでございます。


まあ、現在の警察施設の生活環境は多分、多分、あの頃のように
不衛生な勤務環境は皆無とは思われますが? 本当に衛生面に
つきましては、当組織に厚生課と申します職員の皆様の福利厚生
を最優先に考えて頂ける素晴らしい部署があるのでございます
から、その方のご心配は多分私の杞憂でございましょう。




  ※ 今日のメッセージ

       人間の魂は、いつまでも牢獄に閉じ込められたままでは承知
   しません。

   永遠に暗黒の中で暮らす者はいません。いつかは魂が光明を
   求めるようになります。

   神性を秘めた魂が、暗い沈滞状態に不快を覚えるようになり
     ます。自由を求めるようになるのです。

       束縛された状態に嫌気を覚えるようになるのです。そうした
     段階に至った人たちのために、できるだけ多くの霊的真理を
       普及させる仕事を続けていないといけないのです。
    
      それがまた、いつかは必ず受け入れられる日が来るとの信念
      のもとに、理想を掲げ続けなければならない理由でもあるの
      です。

    愚かな敵対者による蔑みの声も耳に入るでしょう。が、そう
      したものにも耐え抜かないといけません。弱みをみせないか
    ぎり、そんなものによって傷つくことようなことはありません。

    相手にしないことです。いかなる相手にも憎しみを抱くこと
    なく、全ての人に愛をもって、艱難を征服し、そして勝利し
      なくてはなりません。それが霊的教訓の基調なのです。


        -引用文献:近藤千雄 訳編(2016年):ハート出版
              新装版:古代霊シルバーバーチ不滅の真理p27-






posted by 如月 at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想記