2021年04月22日

日本の公的機関の稚拙な対応

 しばらく腰を痛め椅子に座れない状態で、ブログの更新もできませんでした。
 下層制服警察官であった小生の身体は、現在がたがたで旅行もできません。
 元警察官はやめて楽が出来るかと思いきや、小生のような軟弱な身体を持った
 者は退職したとたん、身体にこれまで酷使された結果が現れるようでございま
 す。そのため、現在はしょっちゅう病院通いの身となりました。


 また、現在はコロナ渦の現状で、通院も買い物なども常にマスクを装着の状態
 少なくとも健康であれば、このような面倒もなかったと思う次第でございます。


 そうそう、北海道における現在のコロナの感染状況は、4月21日現在の感染者
 数累計2万2千689人で、死亡者数の累計は816人である。


 昨年の4月のコロナの感染状況は、感染者数290人、死亡者は13人であった。
 小生はこの時に、感染拡大が予想されたために柄にもなく、北海道や札幌市に
 要望、提案として、早めにロックダウンなどの措置、また来道者の規制などに
 ついて意見具申を行ったのであるが、双方からの回答は「ご協力ありがとうご
 ざいました」の一言であった。


まるで警察組織の上層部のような、そっけない態度であった。小生の意見をまと
もに受けなかったから言う訳ではございませんが、少しは道民の意見を真剣に
受ける体制があれば、本当にこれほどの感染者と死者にはなっていなかったと
思うのです。

よく昔の警察幹部殿が申しておりました。

「事件は大きく構え、小さく収める」などと、この点について小生も同感です。
 今回のパンデミックの施策は、結局、このような考え方で臨まなかった行政の
 怠慢と思われても仕方が無いでしょう。火が小さいうちに消せば、その負担も
 軽くなったはずです。しかし、これだけ拡大してからではもう遅きに失して
 しまっているのです。



台湾のように当初から真剣に対応していた国の現在の感染者、死亡者数を確認
して見て下さい。真剣に対応するとは、台湾政府のような態度をいうのです。
日本はと言えば、お粗末な対策でマスクを各家庭に2枚だとか何かアジアの先進
国といわれるこの国家の対応が如何に稚拙であるか本当に情けない次第です。
また東アジアにおいても日本の感染者や死亡者数は突出しています。


さらに、つい最近の情報では、先進国におけるワクチンの接種状況について、
イスラエルは60%以上、英国47%以上、米国36%など、隣国の韓国でさえ
2.4%のところ、日本は未だ0.9%である。さらに医療関係者や老人などの
接種さえも、今始まったばかりである。


そして、7月にはオリンピックを迎えるというのに、政府はオリンピックに
看護師500人を要請しているというが、自国の医療体制も逼迫しているのに
そのような人員をどうして集めるのか、日本の医師会はそれに反発している
状況らしい、またワクチンの開発についても医療先進国などと、日頃自慢の
種にしているのに、日本独自に現在使用できるワクチンの開発も遅れている
これで医療先進国と言えるのでしょうか?


医療関係者の教授は、「ワクチン開発は日本の産官学の力を結集して取り
組むべき重要な国家の危機管理でである。」と述べています。


本当に、このような状況下でオリンピックを開催するのでしょうか?
なぜ、世界的なパンデミックの最中にオリンピックを開催するのでしょう。
関係者は万全の対策を講じて行うといっていますが、なにが万全の対策なので
しょうか?


そして、いつでもその割を食うのは、どの職業分野においても現場の最前線
で仕事を行う人達なのです。警察で言えば交番、駐在所などに勤務する人間
なのです。上級の者は感染防止のため、表に出る事もぜずに感染の心配の
ないところで安住しているのでしょうが・・・


また、果たして前線で職務を執行する者に対して、感染防止のための施策を講じ
ているかどうか、はなはだ疑問です。上級幹部がしていることと言えば、署内や
組織内に感染しない様に、ただ部下に感染をしないようにはっぱをかけること
くらいでしょう。その稚拙な対応が目に見えるようでございます。


多分マスクや消毒剤など、感染防止に欠かせないものは、道本部、各署の施設
公費から負担するにしても、地域などの勤務員には自前で負担させている
ことでありましょう。


それが警察と言う組織の昔からの慣例なのです。昔も今もその根底で幹部の為
ことは、いつも同じなのです。


そんな事実をいやと言うほど体験してきた小生でありますが、いつまでたっても
警察組織も、日本政府、行政機関も変わり映えのしない組織なのです。


このような国家に健気に従わざる得ない低所得国民は昔の軍事体制の中で生き
いた愚直国民のようです!


※ 今日のメッセージ
  
   人は物質だとか地位だとか外的事だけで幸不幸を図る。それは人が物的外的
  なものに幸福があると思っているからである。だから人は不幸になる。

 何となれば幸福の源泉は人の心にあるのだから。富者の心見ずして、どうして
 富者が幸福と言えるのか、貧者より数倍の心の苦悩を負うているかも知れぬ、

 その苦悩と富者の貧しい心から富者の明日の大きな不幸災禍がうまれる。

                                  -引用:シルバーバーチに聴くp46-





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posted by 如月 at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想記