2020年09月24日

炎天下での下層階級警察官の勤務

昨今では北海道でさえも30℃を超える真夏日が多く、酷暑と言われ
ておりますが、私の在職当時もかなりの酷暑でございました。毎日の
パトカー勤務においても毎日替えのランニングを用意しながらの勤務
でございました。


在職当時のパトカー勤務は現在のように冷房など備付けられておらず、
日中の勤務はいつも汗だくだった記憶があり、当然ミニパトなども交番
に配置され始めたばかりで、冷房などはなし、窓を開け暑さを凌ぐしか
手段はありませんでした。


昨今は熱中症対策と言って水分を十分にとること、などと指導されて
おりますが、小生などは機動隊在隊時に、車上待機が多く尿意を我慢
する癖がついてしまい、そのため前立腺をおかしくし、極力、勤務時に
水分補給はしませんでした。特に交番勤務ではかなりの遠方まで徒歩
警らや巡回連絡のため赴きますので水分など補給していると、直ぐに
尿意をもよおすのです。道北の吹雪のひどいR署の駅前交番勤務時は
往復2時間かかる管内を真冬に徒歩で歩くため、できるだけ出発持は
水分を摂らぬよう注意していました。


さらに夏の炎天下、人身事故現場で2時間位、交通整理などに従事
する訳でありますから、身体的にも、厳しい勤務でございました。私服
の内勤勤務員は屋外の仕事でも近くの店舗のトイレに駆け込めばよい
わけですが、制服勤務で屋外勤務がほとんどの小生等は其処ここで
用を足すわけにもまいりませんので、夏は特に歩いているだけで目眩
が生じて酸欠のような状態に陥りることもございました。


このような体力を消耗しながらの制服勤務でしたが、地味な勤務実態の
ため、そのような苦労がさして評価されることもなかったのでございます。
まあ、特に愚直な小生は他の勤務員と違い、馬鹿真面目に巡回連絡に
赴くのですが、他の勤務員はほとんど巡回連絡など真面目にすることが
馬鹿らしいと思っていたようで、天候の悪い日に屋外に出ていく勤務員
は皆無でした。


そんな悪天候でも天候が悪いから、事務処理に変更せよなど、と気の
利いたことを指示する中堅幹部殿はおりませんで、まあ、このような
思いをしながらも、小生等が地域警察で日夜苦労をしていることなど、
努々思いを致す幹部殿など当時の組織においては皆無であったのです。
彼らはその間にも裏金捻出の方策に思いを致すことのみに専念されて
いたのでございましょうか?


普段から幹部殿は、自分の健康管理は自分でやれとおっしゃって
おられますができれば自分自身で管理したいと思っていても、
自分だけではできない、管理者がその環境を整えてやらなければ
ならない面が多々あることを認識して頂きたいものでございます。


炎天下と言えば、思い出しますのは成田空港警備のことなので
ございます。20歳前半から30歳手前まで機動隊員であった小生は、
空港施設内に完全装備で24時間交替勤務体制で警備にあたって
いたのですが、真夏の時期の派遣では、身体に装着、装備品は
ヘルメット、ひじ当て、防護服、前垂れ、膝当て、防炎マフラー、
大楯などの完全装備で十数キロで炎天下のゲートでの立番、警ら
休憩の際も冷房設備もない車両内で額から滴り落ちる汗でダラダラ
になりながら勤務にあたっていたのでございます。


夏の空港は滑走路の照り返しで、なお暑く本当に脱走したい気持ち
でございました。なんで私のような未熟児で生まれ、貧弱な体型の
虚弱体質者が、ここで勤務しているのかと、ハタと自問するのであ
りました。


また、食事は毎日海苔巻弁当や稲荷ずしなどの、酢の入ったもの
ばかり、大幹部殿が食中毒にならぬようにと熟知された健康食で
あったのでしょうが、それでも暑気あたりをおこして毎日下痢をし
てしまうのでございます。できれば、自衛隊営内の手作りの食事
が食べたいと思ったものでございます。(横の繋がりのなさ)


また、現場には今のように簡易トイレ等なく、何かそこらのバラック
で建てた、汲み取り式のトイレなもので、すぐにてんこ盛りとなるわ、
臭いわ・・熱いわで・・本当に食べるのも出すのも遠慮したい気分に
なったのでございます。


今は、このような悲惨な状況はないと思われますが、その辺のこと、
もっと大幹部殿諸兄は考えて頂きたいのでございます。小生等は
左翼諸君が顔を合わすごとに絶叫して言われた「国家の犬」でも
「国家のロボット」でもなく、一応「人間」なのでありますから・・


しかしながら、残念なことに、左翼組織と当組織の幹部殿の我々
に対する感情は、ここで一致しているのでございます。彼らに
とっては小生等も、ただの一兵卒に過ぎないのでございます。


まあ、余談ではありますが、このような組織体制で戦争がおこれば
再び敗戦の憂き思いを致しますよ? かの大東亜戦争の南方での
戦いは、酷暑と風土病、さらに決定的な要因は食料等の補給の欠如
(餓死)による玉砕であったこと、そして戦略を指揮する無能な陸海
軍の幹部が招いた敗戦だった。という事を現警察幹部殿はご存じな
いのでしょうか?


国家が国民を、組織の中枢が部下たちを、人間と見なさなくなった
時、その国も組織も衰亡の途に邁進している証なのです。


昔のことわざにある通り「腹が減っては戦はできぬ」で御座います。
軍隊も警察も、遠征先に行ったなら、楽しみは糧食だけなのです。
ただ、警察組織は「酒」もかかせないようです。


最後に結局成田空港は当時の県知事と総理大臣との間で住民の
意向も十分に確かめもせず、また、空港建設の説明さえ、ろくに
せずに決めたため当該住民の反対派と極左暴力集団による合同
の反対に遭い建設難航、代執行を妨害した反対派により3名の
警察官が死亡したのでございます。


建設反対を当初叫んだのは当時の社会党議員であるが、のちに
運輸相になり、賛成派となり空港建設の推進を図った。政治家とい
うのはいつも変わり身の早い輩で、そのために警官の命が亡くなった
などという事は意に介さない御仁なのであります。


そんな輩に、小生等は是非もわからず永年役夫となって尽くして
きたのでありますが、そのような意味合いからするなら小生等は、
やはり「国家の犬」でしかないのでございましょうか?



 ※ 今日のメッセージ

     道徳的であるという事は、自分が悟った最高の原理に照らして行動
    しているという理念を信念として生きることです。

  それは、例えば人にやさしくするということであり、人の役に立つ
  ということであり、哀れみの心を忘れないということです。

  またそれは、いかなる意味においても人を傷つけないということで
  あり、人の進歩を妨げないということであり、自分の理想としてい
  る真理に忠実でなかったと後になって恥じ入るような振る舞いをし
  ないということです

   
                  ―引用:シルバーバーチ新装版
                       今日のことばp19よりー
 
  


  
posted by 如月 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想記
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